【特許】ヌードマウス事件:信義則上前訴判決で確定した構成要件解釈と異なる主張はできないとされた例(知財高裁平成25年12月19日判決)


 特許発明の構成要件の解釈について,前訴判決に示された判断と異なる解釈を主張することは信義則に反し許されない。

事案の概要

特許請求の範囲

 X(アンティキャンサー・インコーポレイテッド)は,発明の名称「ヒト疾患に対するモデル動物」の特許権者で,その発明の請求項1は,次のとおりでした。

【A】 ヒト腫瘍疾患の転移に対する非ヒトモデル動物であって,
【B】 前記動物が前記動物の相当する器官中へ移植された脳以外のヒト器官から得られた腫瘍組織塊を有し,
【C】 前記移植された腫瘍組織を増殖及び転移させるに足る免疫欠損を有する
【D】 モデル動物。

前訴の確定

 本件より前の平成11年,Xは,国,武田薬品工業,大鵬薬品工業,日本新薬を被告として,浜松医大で使用したマウスは,上記発明の技術的範囲に属するとして,マウスの使用差止めを求める訴訟を提起しました。

 第一審は,Bの「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」はヒト器官から採取した腫瘍組織塊そのものをいい,ヌードマウスの皮下で継代した腫瘍組織塊を含まないと解すべきであるが,上記マウスはこの「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」を有さず,構成要件Bを充足しないとして,Xの請求を棄却しました。

 控訴審はこれを支持し,最高裁も上告を受理せず,判決は確定しました。

本訴の提起

 その後,Y(大鵬薬品工業)が浜松医大で使用したヌードマウスについて,再びXが上記請求項1の発明の技術的範囲に属すると主張して,Yに損害賠償を求めました。

 本件ヌードマウスが構成要件Bを充足するかに関するXの主張は,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」はヒト器官から採取した腫瘍組織塊そのものだけでなく,ヌードマウスの皮下で継代した腫瘍組織塊を含むと解すべきというものであり,確定した前訴判決で否定された主張と同じでした。

原審

 原審での主な争点は,次のとおりです。

1 本件訴えの提起が,前訴の蒸し返しで訴訟上の信義則に反し,不適法か。
2 本件マウスが本件発明の技術的範囲に属するか。
3 Xによる本件特許権の行使が特許法104条の3第1項により制限されるか。

 原判決は,次のように判断しました。

1 訴件の濫用で違法であるとまで言えないが,訴訟上の信義則により,前訴においてされた構成要件Bの文言解釈を争うことはできず,前訴で主張できたはずの均等侵害の主張をすることもできない。
2 本件マウスは構成要件Bを充足せず,本件発明の技術的範囲に属さない。
3 本件発明の特許請求の範囲の記載はサポート要件を適合せず,進歩性もなく,無効にされるべきものである。

 これに対してXが控訴したのが本件です。

裁判所の判断

 争点1に関する本判決の判断は次のとおりでした。

文言解釈

 特許発明の構成要件の解釈は一般的抽象的な規範としての性質をも有し,裁判所によって確定した判断として示された場合は関係当事者の将来の行動規範としての作用をも有する,Xが前訴判決に示された判断と異なる解釈を主張することは信義則に反し許されない。

均等侵害

 前訴において均等侵害については何らの判断も示されていない,したがってその点については当事者間に前提とすべき事情はない,Xが均等侵害を主張することが訴訟上の信義則に反するとは言えない。

 均等侵害の有無については,本訴マウスは優先権主張日当時における公知技術から容易に推考できたものであるから均等の第4要件を満たさないとして,否定しています。

雑感

 前訴は差止請求訴訟であるのに対して本訴は損害賠償請求訴訟であり,また使用されているマウスも異なりますから,前訴の既判力が及ぶ場合ではありません。
 しかし,訴訟物が異なっていても,特許発明の技術的範囲の解釈を争う点については同一の争いを繰り返すものと言わざるを得ませんし,使用されているマウスがその解釈による技術的範囲に入るかどうかという点でしか争えないのは仕方がないように思います。
 ただ,均等侵害について,原審は,主張できるのにしなかった主張を新たにするのは信義則違反と判断していますが,控訴審では均等侵害の主張は信義則に反しないとしたようです。控訴審の判断は安定性に問題があるような気もしますが,どうなんでしょうか。

参考条文

民事訴訟法
(裁判所及び当事者の責務)
第2条  裁判所は,民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。