【消滅時効】昭和28年の新生児の取違えによる債務不履行責任について消滅時効の完成を認めなかった例

 新生児の取違えの発生と同時に損害賠償請求権の行使を合理的に期待することはできない,その特殊な性格からして取違えの発生時を時効の起算点とすることは適切ではない。

事案の概要

 昭和28年3月30日,Yが運営するZ産院でA,Bの長男と,C,Dの四男が出生しました。
 A,Bは,Zから連れ帰った新生児を長男として出生届出し,養育しました。
 A,Bには,X1以外に,二男X2,三男X3,四男X4がいます。
 A,Bは,その後,平成11年,平成19年に死亡しています。
 一方,C,Dは,Zから連れ帰った新生児を四男として出生届出し,養育しました。

 X2,X3,X4は,平成20年,Zに対し,A,BとZとの親子関係不存在確認請求訴訟を提起しました。
 DNA鑑定の結果,X2~X4とZとの生物学的な兄弟関係が否定され,第1審では親子関係の不存在を確認する判決がされました。
 しかし控訴審では,親子関係は存在しないものの,X2~X4からの請求は権利の濫用であるとして,請求棄却され確定しました。

 その後,X2~X4は,Z産院の分娩台帳などからX1を探し出して鑑定したところ,X1とX2~X4との間に生物学的な同胞関係の存在が強く推認できるとの結果が出ました。

 X1が,A,Bとの間の親子関係存在確認,C,Dとの間の親子関係不存在確認をそれぞれ求める訴訟を提起したところ,各請求を認める判決が確定し,戸籍の記載が変更されました。

 そこでX1~X4は,Zを運営する社会福祉法人であるYに対し,A,BとYとの間の分娩助産契約に違反する新生児の取違えにより,A,B及びX1は債務不履行に基づく損害賠償請求権を取得したとして,本訴訟を提起しました。

判決における時効の判断

 Yは,子の引渡時から10年以上が経過しているから,消滅時効により損害賠償請求権は消滅していると主張しました。

 この点について判決は,
・新生児の取違えは,両親であってもすぐに気付くことは期待できず,DNA鑑定で事実が判明することがあっても,数十年にわたって見過ごされることも十分に考えられる,
・新生児の取違えによる損害賠償請求権は,真実の親子関係を引き離された年月の進行とともに同一性を失わない単一の損害が日々拡大していくという特殊な性格を有していると考えられる,
・取違えの発生と同時に損害賠償請求権の行使を合理的に期待することはできない,その特殊な性格からして取違えの発生時を時効の起算点とすることは適切ではないとし,
DNA鑑定によって生物学上の関係が明らかになった日が起算点であると判断しました。

雑感

 「権利行使が現実に期待のできる」時がいつであるのかは,それぞれの事例における判断となります。
 DNA鑑定の精度はかなり信頼できるものになっていますが,親子関係については,血液型などでもある程度わかる場合があります。東京高裁平成18・10・12は,DNA鑑定前に,血液型の判定結果で権利行使が可能になっていたと判断しています。

 ここでは消滅時効の起算点という論点を取り上げましたが,これ以外にも,逸失利益や慰謝料が争点として争われています。
 本来,望めば大学進学も可能な家庭に育つはずだったのに,取違えによって母子家庭で育つことになり,中卒で働きに出なければならなかったことによる逸失利益も主張されていて,いろいろ考えさせるところの多い判決内容となっています。

参考条文

民法
(消滅時効の進行等)
第166条  消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する。
(債権等の消滅時効)
第167条  債権は、十年間行使しないときは、消滅する。

最判昭45・7・15
「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当である。