
「特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等に関する指針」は、平成28年4月22日に経済産業省告示として公表されました。
特許を受けることができるのは誰か
特許を受けることができるのは発明をしたその人で,これが特許法の大原則です。
会社の業務として従業員が技術開発を行い,その中で発明が生まれる場合があります。この場合も,その発明について特許を受けることができるのは,発明をした当該従業員であるのが原則です。
この原則に従えば,従業員が特許権者となり,会社は無償の通常実施権を取得することになります。
しかし,会社は特許権者ではありませんので,他社とライセンス契約を結ぶことはできませんし,他社の実施を排除する主体となることもできません。
もし会社が特許権を取得したいのであれば,その従業員から権利を譲受ける必要があります。
職務発明規程でできること
会社に職務発明に関する規定が何もなければ,先に説明した原則どおりとなります。
そこで,会社に職務発明規程を設け,職務発明については会社が特許を受ける権利を取得するとの条項を定めておきます。
このような条項を定めておくと,従業員が発明をした時から特許を受ける権利は会社に帰属し,ゆくゆく会社が特許権者となります。
ただし,このような条項を定めた場合には,発明をした従業員に「相当の利益」を付与する必要があります。
「相当の利益」はどのようにして決めるのか
従業員に与えるべき「相当の利益」をどのように決定するかについては,社内基準を定めておくことになります。
この社内基準の定めは,どのような内容であってもよいというわけではありません。
法律では,会社と従業員との間の「協議の状況」,社内基準の「開示の状況」,従業員からの「意見の聴取の状況」等を考慮して,「不合理と認められるものであってはならない」とされています。
しかし,これだけではどのような「相当の利益」が合理的と認められるのか判断がつきません。そこで,合理性判断の考慮事項について,経済産業大臣が指針(ガイドライン)を定めることとされています。
「協議」「開示」「意見の聴取」等について,このガイドラインに沿った手続等を実施して定めた「相当の利益」であれば,「不合理と認められるもの」でないとされることが期待できます。
ガイドラインに沿った手続等を実施せず,「不合理」と認定されると,社内基準の従った「相当の利益」ではなく,従業員が受けるべき利益額,会社の負担・貢献・従業員の処遇,その他の事情を考慮して「相当の利益」が定められることになります。そうなると,会社にとって付与するべき「相当の利益」の内容が予測できないということになります。
会社としては,ガイドラインに沿った手続を実施するとともに,実施したことを証明できる資料を保管しておく必要があります。
指針(ガイドライン)の概要
この指針(ガイドライン)は,平成28年4月22日に経済産業省告示として公表され,特許庁がPDFで公開しています。
内容としては,①基準案の協議,②基準の開示,③意見の聴取,④その他の指針,となっています。
Q&Aも公開されていますので,参照されるとより理解しやすいと思います。
①基準案の協議
まず,社内基準案について「協議」を行います。
ここでの「協議」とは,基準が適用される従業員やその代表者と会社との間で行われる話合いのことをいいます。
どのような方法で協議すべきかという制約はありません。ただし,従業員に発言の機会が与えられないとか,代表者が従業員を正当に代表していないなどの事情があれば,「不合理」との判断に傾くことが考えられます。
また,「協議」は合意に至ることまでを含みません。合意できることが望ましいのに違いはありませんが,十分に協議が尽くされたと言える場合には,たとえ合意に至らなくとも,必ずしも「不合理」との判断に至るというわけではありません。
②基準の開示
社内基準が確定したら,これを「開示」します。
「開示」の方法に制約はなく,掲示,書面の交付,イントラネットやインターネットでの公開など,基準が適用される従業員が見ようと思えば見られる状態にされていればよいとされています。
「相当の利益」の内容,付与条件などを具体的に開示する必要があります。
③意見の聴取
個々の職務発明について,社内基準に従って「相当の利益」を決定する際,その発明をした従業員から「意見の聴取」を行います。
この「意見の聴取」の方法についても制約はありません。受付窓口を従業員に周知しておけば,積極的に意見を求める必要まではありません。
また,従業員との間での合意までを要するわけではありません。ただし,従業員の質問にまったく回答しないとか,意見を検討した形跡もないというのでは,「不合理なもの」という判断に傾くものと考えられます。
④その他の指針
金銭以外の「相当の利益」の例として,会社負担による留学の機会付与,ストックオプションの付与,昇進・昇格,有給休暇の付与,ライセンスの許諾が挙げられています。
金銭以外の利益を付与する場合には,それが経済的価値を有するといえるものでなければなりません。昇進や昇格も,金銭的な待遇の向上が伴うものであることが必要であり,名誉的な昇進であれば「相当の利益」を付与したといえません。
まお,この指針は実用新案法に基づく職務考案,意匠法に基づく職務創作にも準用されます。
参考条文
特許法(特許の要件) 第29条 産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。
(職務発明)
第35条 使用者,法人,国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は,従業者,法人の役員,国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し,かつ,その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき,又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは,その特許権について通常実施権を有する。
2 従業者等がした発明については,その発明が職務発明である場合を除き,あらかじめ,使用者等に特許を受ける権利を取得させ,使用者等に特許権を承継させ,又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約,勤務規則その他の定めの条項は,無効とする。
3 従業者等がした職務発明については,契約,勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは,その特許を受ける権利は,その発生した時から当該使用者等に帰属する。
4 従業者等は,契約,勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ,使用者等に特許権を承継させ,若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき,又は契約,勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において,第三十四条の二第二項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは,相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有する。
5 契約,勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には,相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況,策定された当該基準の開示の状況,相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して,その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない。
6 経済産業大臣は,発明を奨励するため,産業構造審議会の意見を聴いて,前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め,これを公表するものとする。
7 相当の利益についての定めがない場合又はその定めたところにより相当の利益を与えることが第五項の規定により不合理であると認められる場合には,第四項の規定により受けるべき相当の利益の内容は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額,その発明に関連して使用者等が行う負担,貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。
実用新案法
(特許法の準用)
第11条
3 特許法第35条(仮専用実施権に係る部分を除く。)(職務発明)の規定は,従業者,法人の役員又は国家公務員若しくは地方公務員がした考案に準用する。
意匠法
(特許法の準用)
第15条
3 特許法第35条(仮専用実施権に係る部分を除く。)(職務発明)の規定は,従業者,法人の役員又は国家公務員若しくは地方公務員がした意匠の創作に準用する。
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