【不法行為】民法714条にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」

 精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条の監督義務者に当たるとすることはできない。責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けて,その者が責任無能力者の監督を現に行い,その態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から,法定の監督義務者に準ずべき者として,民法714条1項が類推適用されると解すべきである。

事案の概要

本件列車事故の発生まで

 本件は,認知症患者Aさんが線路に立ち入って列車にはねられたことにより,JR東海が,Aさんの遺族に対して監督義務者の責任を根拠に損害賠償請求したという,各ニュースで大きく取り上げられた事件の最高裁判決です。

 Aは,大正5年生まれです。大正11年生まれのY1と昭和20年に婚姻し,それ以来同居して暮らしていました。
 Aには4人の子がいましたが,そのうち長男Y2とその妻Bは,昭和57年に愛知県にあるAの自宅から横浜市へ転居していました。
 Aは,平成10年ころまで不動産仲介業を営んでいましたが,平成12年ころから昼夜の区別がつかなくなることがあり,平成14年には晩酌を忘れて何度も飲酒する,夜中に何度も戸締りを確認するなどするようになりました。

 Aが認知症にり患したと考えたY1,Y2らは,平成14年3月ころ,今後のAの介護について話し合いを持ちました。そして,Bが単身でA宅の近隣に転居し,Y1による介護を補助することにしました。
 Y2は横浜市に居住して東京都内で勤務していましたが,この話合いがあった時からは月に1,2回程度,また本件事故直前の時期には月に3回程度週末にA宅を訪ね,またBからAの状況について頻繁に報告を受けていました。

 国立療養所中部病院の医師は,平成16年2月,Aの認知症について,場所・人物に関する見当識障害や記憶障害が認められ,中等度から重度に進んでいると診断しました。
 一方,Aの妻Y1は,平成18年1月ころまでに,要介護1の認定を受けました。

 Aは,平成17年ころから,早朝や深夜に行方不明となることがありました。
 そのためBは,警察にあらかじめ連絡先を伝えておき,またAの氏名やBの携帯電話番号を書いた布をAの上着に縫い付けたりしました。
 またY2は,センサー付きのチャイムを設置し,Aが自宅玄関に近づくとY1の枕元でチャイムが鳴るようにしました。
 ただ,Aが外出できないように施錠すると,Aが門扉を激しく揺すって危険なため,施錠まではしていませんでした。

 Aは,平成19年2月,常に介護を必要とする状態で,場所の理解もできないとの調査結果に基づき,要介護4の認定を受けました。
 Y1らは,一度は特養に入所させることも検討しましたが,入居までに時間がかかるなど介護にくわしい親族の意見があり,引き続きA宅で介護することにしました。

 平成19年12月7日,Aは,利用していた福祉施設の送迎車で帰宅し,BやY1と過ごしていました。
 その後,Bが玄関先の片づけものをしていたため,AとY1とが2人でいたのですが,Y1がまどろんでいる隙に,Aは一人で外出してしまいました。
 そして駅構内において,本件列車事故が発生することになります。
 事故発生当時,Aは,認知症の進行により責任弁識能力がありませんでした。

原審の判断

 原審は,以下のように述べて,Y2に対する請求は棄却しましたが,Y1に対する請求を一部認容しました。

 一方の配偶者が精神保健福祉法5条の精神障害者となった場合,同法20条の保護者制度の趣旨に照らし,その者と同居して生活している他方の配偶者は,夫婦の協力扶助義務(民法752条)の履行が法的に期待できないような特段の事情のない限り,夫婦の同居・協力・扶助義務に基づき,精神障害者となった配偶者に対する監督義務を負い,民法714条1項の監督義務者に該当する。
 Aと同居していたY1は,法定の監督義務者であった。
 Y1は,監督義務を怠らなかったといえず,また義務を怠らなくても損害が生じたともいえない。

 Y2の扶養義務は経済的な扶助の義務であり,別居して生活していたうえ,成年後見人に選任されたこともなく,保護者の地位にもなかった。
 Y2はAの身上を監護すべき法的な義務を負っていたとは認められないから,Aの法定の監護義務者であったとはいえない。

最高裁の判断

保護者・成年後見人の監督義務

 保護者の自傷他害防止監督義務は,平成11年法改正により廃止されている。  後見人の療養看護義務は,平成11年法改正により成年後見人の身上配慮義務に改められた。この義務は,成年被後見人の現実の介護を行ったり,その行動を監督するものとはいえない。

 したがって,保護者や成年後見人であることだけでは,法定の監督義務者に該当するといえない。

同居の配偶者の監督義務

 民法752条の夫婦の同居・協力・扶助義務は,夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であり,第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではない。しかも同居の義務は履行を強制できないものであり,協力の義務はそれ自体抽象的である。
 扶助の義務は相手方の生活を保障する義務であっても,第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎づけることはできない。
 民法752条の規定をもって同法714条の監督義務を定めたものということはできない。

 したがって,精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条の監督義務者に当たるとすることはできない。

法定の監督義務者に準ずべき者

 責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けて,その者が責任無能力者の監督を現に行い,その態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から,法定の監督義務者に準ずべき者として,民法714条1項が類推適用されると解すべきである。

 このような者にあたるか否かは,
 その者自身の生活状況や心身の状況,親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他日常的な接触の程度,財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関りの実情,精神障害者の心身の状況や問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,
 その者が精神障碍者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地から,その者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。

Y1について

 Y1は,要介護1の認定を受け,Aの介護もBの補助を受けて行っていた。
 第三者に対するAの加害行為を防止するためにAを監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず,監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。
 Y1は,Aの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるといえない。

Y2について

 Y2は,横浜市に居住して,本件事故まで20年以上もAと同居しておらず,本件事故の直前時期においても1か月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎない。
 第三者に対するAの加害行為を防止するためにAを監督することが可能な状況にあったということはできず,監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。
 Y2は,Aの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるといえない。

雑感

 成年の精神障害者に関しては,同居の配偶者や成年後見人が民法714条の監督義務を負う者ではないと判断されています。
 成年後見人が義務者でないとされた点は,評価すべきかと思います。
 しかし,「監督義務者に準ずべき者」と判断されたくないがゆえに,認知症患者との関りを避けようとする傾向を助長しないかという懸念もあり得るのではないでしょうか。

参考条文

民法
(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第714条 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において,その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は,その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,監督義務者がその義務を怠らなかったとき,又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは,この限りでない。
(同居、協力及び扶助の義務)
第752条 夫婦は同居し,互いに協力し扶助しなければならない。
(成年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮)
第858条 成年後見人は,成年被後見人の生活,療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては,成年被後見人の意思を尊重し,かつ,その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。