【相続】遺産分割手続きから排除する決定が取り消された例(東京高裁平成27年2月9日判決)

 抗告人は,本件放棄申述当時,精神上の障害の程度が重度で,特に経済面での理解力は極めて低下した状態にあり,相続放棄の意味を的確に理解することができないまま,家族の求めに応じて本件放棄申述をしたものと認められるから,本件放棄申述は,抗告人において相続放棄の意思が欠けており,無効というべきである。

事案の概要

 Aの夫Bが,平成26年に死亡しました。Bの法定相続人は,妻A,長男C,先に死亡した長女Dの子Eでした。
 その後,Bの終身保険金150万9691円がA名義の口座に振込まれましたが,Eの妻FがAの代理人として148万8000円を引き出しました。
 Aは,横浜家庭裁判所に対し,Bの遺産について相続放棄の申述をしました。そして,この手続きに関する家庭裁判所からの書類はEの自宅へ送付するように書面で求めました。
 Eは,横浜家庭裁判所に,Bの遺産分割調停を求める申立てをし,Aによる相続放棄申述の受理証明書を提出しました。
 これにより,裁判所は,遺産分割調停手続きからAを排除するとの決定をしました。

 G医師がAを診察して,Aは認知症であり,知能指数はIQ46(8歳程度)で,日常の生活に困難をきたしているとの診断書を作成しました。長男Cが,この診断書を添付して成年後見の申立てをしたところ,G医師が鑑定人に指定されました。
 他方,H医師が作成した診断書には,Aについて「年齢相応以上で問題ありません」と記載されていました。
 裁判所は,G医師の鑑定書を踏まえ,AにI後見人を選任しました。
 そこでI後見人は,遺産分割手続からAを排除する決定に対し,即時抗告を申し立てました。

裁判所の判断

 裁判所は,相続放棄の申述がAの真意に基づくかについて,

①Aは,平成23年ころから認知症が進行し始め,平成26年に知能指数的に8歳程度の状態になった,その1か月半前の相続放棄申述の時点においても,基本的に同様の精神状態であったと認めるのが相当。 ②Aは,月額2万9000円の年金収入しかないのに,「自分の生活が安定している」ことを相続放棄の理由としていて,経済状態を把握・理解していたと認められない。 ③相続放棄書を書いた方がいいと言われたから書いたとI後見人に説明していることや,相続放棄をする合理的な理由が見出し難いことから,Eに勧められるなどして意味を理解しないまま相続放棄の申述をしたもので,真意に基づくものではなかった。 ④H医師は精神科の医師ではなく,検査結果の信頼性は必ずしも高くない。
と判断し,Aを遺産分割手続きから排除する旨の決定を取り消しました。

雑感

 遺産分割調停の申立てがあって裁判所から呼び出しがあったものの,遺産はいらないし手続にも参加したくないというとき,相続放棄や相続分の譲渡をすれば,裁判所が手続きから排除する決定をすることになります。
 これは調停手続きにも準用されていて,調停手続きの場合は調停委員会がすることになっています。(私も家庭裁判所で調停委員を務めさせていただいていますので,何回か決定に押印したことがあります。)
 遺産がいらないのなら,手続きに参加してそのように主張することもできますので,そもそも遺産分割手続きから排除してしまう決定は,きわめて慎重に行うべきだといえます。
 本件でも,Aが真に相続放棄をしたのなら,やはりそれなりの理由があったはずだと考えるのが普通です。そのような理由が見当たらないうえ,意思能力もあやしいとなれば,排除決定は取り消される方向となるのではないでしょうか。

参考条文

家事事件手続法
(手続からの排除)
第43条 家庭裁判所は、当事者となる資格を有しない者及び当事者である資格を喪失した者を家事審判の手続から排除することができる。
2 前項の規定による排除の裁判に対しては、即時抗告をすることができる。

(調停委員会等の権限)
第260条 調停委員会が家事調停を行う場合には、次に掲げる事項に関する裁判所の権限は、調停委員会が行う。
六 ・・・、第四十三条第一項の規定による排除、・・・