【交通事故】示談により支払いを受けた賠償金額が人身傷害基準額を超過しているとして人身傷害保険金の請求が棄却された例(東京高裁平成26年8月6日判決)
被控訴人の主張を前提とすると,人身傷害損害金を算定するにあたって訴訟基準損害額を認定する必要があるが,訴訟外の示談は裁判所の関与なしに行われるものであり,事案によっては認定に困難をきたすことも想定され,保険実務に混乱を来すことにもなりかねない。
事案の概要
交通事故の発生
平成23年5月,Xが自動車を運転していたところ,路外から進入するA運転の自動車との間で交通事故が発生しました。
この交通事故でXに生じた損害額を訴訟における算定基準で算出すると(訴訟基準損害額),過失相殺前の額が501万8028円でした。
過失割合は,Xにも前方不注視の過失があったため,Aが9割,Xが1割でした。
加害者による賠償
Xは,平成24年7月23日,Aが加入していた保険会社から,訴訟基準損害額の9割である451万6225円から既払金210万4241円を控除した241万1984円の支払いを受けました。
人身傷害保険金の請求
Xは,Yとの間で,人身傷害保険金額5000万円の保険契約を締結していました。
この保険の人身傷害の損害算定基準(人身傷害基準)によって算定された本件交通事故の損害額は,347万1608円でした。
そこで,Xは,Yに対し,平成24年7月24日,過失割合1割に相当する50万1803円を請求しました。
しかし,Yは,支払を拒絶しました。
そこでXがYに対し訴訟提起したところ,一審は基本的な部分でXの請求を認めましたので,Yが控訴したのが本件です。
控訴審の判断
控訴審は,以下のように述べて一審の判断を変更し,Xの請求を棄却しました。
先に人身傷害保険の支払いを受けてから訴訟提起した場合
Xが先にYから人身傷害保険金347万1608円の支払いを受け,その後Aに対して訴訟提起し,501万8028円の損害と1割の過失とが認定された場合,約款第25条(1)②により,296万9805円についてYによる代位が生じる。
※(5,018,028×0.9)ー(5,018,028ー3,471,608)=2,969,805<3,471,608
Xは同額について請求権を喪失するので,154万6420円の限度で請求が認容される。
その結果,Xは人身傷害保険金と合わせて501万8028円の支払いを受けることになる。
先に訴訟提起して支払いを受けた場合
Xが先にAに対して訴訟提起し,Xに501万8028円の損害と1割の過失が認定され,判決又は和解により過失相殺後の451万6225円の支払いを受けた後,Yに対し人身傷害保険金の支払いを請求した場合,約款第6条(5)により,501万8028円が人身傷害保険金支払いの基礎となる損害額とみなされる。
そして,ここから受領済みの451万6225円を控除した50万1803円の支払いが人身傷害保険金として支払われる結果,Xは合計501万8028円の支払いを受けることになる。
先に示談金を受取った場合
Xが先に訴訟外で示談金451万6225円を受領した場合,字義どおりに適用すると示談は約款第6条(5)の「判決又は裁判上の和解」に該当しないから,示談金額が人身傷害基準損害額347万1608円を超過することになり,Yが支払うべき人身傷害保険金はないということになる。
その結果,Xが受ける賠償総額は451万6224円となる。
人身傷害保険金を受け取ってから示談する場合
先に人身傷害保険金347万1608円の支払いを受けてから,訴訟外で示談金451万6224円がAから支払われることとなる場合,字義どおりに適用すると示談は「判決又は裁判上の和解」に該当しないから,Yは人身傷害保険金の全額を支払ったことになる。そのため,約款第25条(1)①により,全額347万1608円についてYによる代位が生じ,Xが示談によって受け取ることができる賠償金は104万4617円となり,賠償総額は451万6224円となる。Xの主張に対して
Xは,①人身傷害保険は,過失の有無にかかわらず実損害を補償することを目的にした保険であり,被保険者もそのような認識で保険料を負担しているから,この認識は保護されるべきである,②人身傷害保険金と賠償金の支払いの先後によって受け取れる金額に違いが生じることは不合理である。示談金の支払いが先行する場合の人身傷害保険金は,保険金額及び人身傷害基準損害額を上限として,訴訟基準損害額から既払賠償金額を控除した額とすべきである,と主張していました。
これに対しては,①保険契約者が人身傷害保険に加入する動機として自らの過失の有無にかかわらず補償を受けることを期待していることがうかがわれるが,保険者が支払うべき保険金は,約款に基づいて算定すべきであり,受領できる保険額が約款上に明記されている以上,保険契約者に,これに反する保険金を受け取ることができる合理的な期待があるといえない,②Xの主張を前提とすると,人身傷害損害金を算定するにあたって訴訟基準損害額を認定する必要があるが,訴訟外の示談は裁判所の関与なしに行われるものであり,事案によっては認定に困難をきたすことも想定され,保険実務に混乱を来すことにもなりかねないとして,採用しませんでした。
約款の条項
第6条(損害額の決定)
(1) 損害額は,被保険者が①傷害,②後遺障害,③死亡のいずれかに該当した場合に,その区分ごとに,それぞれ人身傷害条項損害額算定基準(人身傷害基準)に従い算出した金額の合計額とする。
(5) 賠償義務者があり,かつ,賠償義務者が負担すべき法律上の損害賠償責任の額を決定するにあたって,判決又は裁判上の和解において(1)から(4)までの規定により決定される損害額を超える損害が認められた場合に限り,賠償義務者が負担すべき法律上の損害賠償責任の額を決定するにあたって認められた損害額をこの人身傷害条項における損害額とみなす。ただし,その損害額が社会通念上妥当であると認められる場合に限る。
第8条(損害保険金の計算)
(1) 1回の事故につきYの支払う損害保険金の額は,被保険者1名につき,次の算式により算出された額とする。この場合において,1回の事故につきYの支払う損害保険金の額は,被保険者1名につき,保険金額を限度とする。
(計算式)第6条の規定により決定される損害額+前条の費用ー次の①から⑥までの合計額=損害保険金
① 自賠責保険等又は自動車損害賠償保障法に基づく自動車損害賠償保障事業によって既に給付が決定し又は支払われた金額
② 対人賠償保険等によって賠償義務者が第1条(1)①の損害について損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して既に給付が決定し又は支払われた保険金若しくは共済金の額
③ 保険金請求権者が賠償義務者からすでに取得した損害賠償金の額
④ 労働者災害補償制度によって既に給付が決定し又は支払われた金額
(以下略)
第25条(代位)
(1) 損害が生じたことにより被保険者又は保険金を受け取るべき者が損害賠償請求権その他の債権を取得した場合において,Yがその損害に対して保険金を支払ったときは,その債権は次の額を限度としてYに移転する。
①Yが損害額及び費用の全額を保険金として支払った場合
次のいずれか低い額
ア Yが支払った保険金の額
イ 被保険者又は保険金を受け取るべき者が取得した債権の全額
②Yが損害額及び費用の一部を保険金として支払った場合
次のいずれか低い額
ア Yが支払った保険金の額
イ 次の算式により算出された額
(被保険者又は保険金を受け取るべき者が取得した債権の額)-(損害額及び費用のうち保険金が支払われていない額)
雑感
本判決は上告されたものの受理されなかったそうです。約款を文言通りに適用して人身傷害保険金を支払うということになりますので,本当にややこしい話で頭が痛くなりそうですが,約款を理解しておくことは重要としか言いようがありません。