【著作権】著作物の種類(著作権法の基本をおさらい -02-)

 今回は著作物の種類についておさらいします。→自分のための勉強ノートを残します。
(事件名は「著作権法入門」(島並・上野・横山,有斐閣)を参考にさせていただきました。)


目次
著作物の例示
1 美術の著作物(4号)
 (1) 「書」,書体。フォント
 (2) デザインされた量産品
2 建築の著作物(5号)
3 写真の著作物(8号)
4 映画の著作物(7号)
5 プログラムの著作物(9号) 

著作物の例示

 著作物の類型が,法第10条1項各号に掲げられている。これを列挙すると,次のとおりである。

一 言語の著作物(小説,脚本,論文,講演その他)
二 音楽の著作物
三 舞踊又は無言劇の著作物
四 美術の著作物(絵画,版画,彫刻その他)
五 建築の著作物
六 図形の著作物(地図又は学術的な性質を有する図面,図表,模型その他)
七 映画の著作物
八 写真の著作物
九 プログラムの著作物

美術の著作物(4号)

 美術の著作物は,美的鑑賞を目的として創作される純粋美術と,実用に供される美的創作物である応用美術とに大別される。
 さらに応用美術には,一品製作される美術工芸品と,デザインを施された量産品とが含まれる。
 このうち美術工芸品は,美術の著作物に含むと明文で規定されている(法第2条2項)。
 したがって,絵画,版画,彫刻などの純粋美術と美術工芸品とが美術の著作物にあたることは明らかである。
 他方,デザインを施された量産品が著作物にあたるかは,明らかでない。

 なお,壁画も美術の著作物に含まれる。

「日野市壁画は,原告の日野市についてのイメージを,数種の大きさ,形状の煉瓦タイルの組合わせ及びタイルに焼き込んだ地名の配列等により創作的に表現しており,美術の範囲に属するものとして著作物性を有するということができ」日野市壁画事件・東京地八王子支判昭62・9・18)

「書」,書体,フォント

 「書」は,一般的に美的鑑賞の目的として創作されることから,美術の著作物にあたるとされる。

「本件書は,思想又は感情を創作的に表現したものであって,知的,文化的精神活動の所産ということができる。」(動書事件・東京地判昭60・10・30)
「書は,一般に,文字及び書体の選択,文字の形,太細,方向,大きさ,全体の配置と構成,墨の濃淡と潤渇(にじみ,かすれを含む。以下,同じ。)などの表現形式を通じて,文字の形の独創性,線の美しさと微妙さ,文字群と余白の構成美,運筆の緩急と抑揚,墨色の冴えと変化,筆の勢い,ひいては作者の精神性までをも見る者に感得させる造形芸術であるとされている。」「他方,書は,本来的には情報伝達という実用的機能を担うものとして特定人の独占が許されない文字を素材として成り立っているという性格上,文字の基本的な形(字体,書体)による表現上の制約を伴うことは否定することができず,書として表現されているとしても,その字体や書体そのものに著作物性を見いだすことは一般的には困難である」「書の著作物としての本質的な特徴,すなわち思想,感情の創作的な表現部分は,字体や書体のほか,これに付け加えられた書に特有の上記の美的要素に求めざるを得ない。」(雪月花事件・東京高判平14・2・18)

 これに対し通常の書体は,情報伝達を目的として創作されるものであり,著作物性を否定される。

「印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには,それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり,かつ,それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である。」「印刷用書体について右の独創性を緩和し,又は実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると,この印刷用書体を用いた小説,論文等の印刷物を出版するためには印刷用書体の著作者の氏名の表示及び著作権者の許諾が必要となり,これを複製する際にも著作権者の許諾が必要となり,既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなる」「印刷用書体は,文字の有する情報伝達機能を発揮する必要があるために,必然的にその形態には一定の制約を受けるものであるところ,これが一般的に著作物として保護されるものとすると,著作権の成立に審査及び登録を要せず,著作権の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下においては,わずかな差異を有する無数の印刷用書体について著作権が成立することとなり,権利関係が複雑となり,混乱を招く」(ゴナ書体事件・最判平12・9・7)

 書体が著作物でないとしても,その書体をコンピュータで利用できるようにしたデジタル・データとしてのフォントは,プログラムの著作物にあたることになる。
 しかし,そのフォントを使って印刷した書体は,通常,著作物にあたることはない。

デザインされた量産品

 デザインされた量産品に関しては,原則的に意匠権の保護対象であり,著作物性の否定される場合が多い。しかし,意匠権の保護によって著作物性が排除されるわけではなく,量産品であっても著作物性が肯定される場合がある。
 例えば,量産品であっても純粋美術や美術工芸品と同等の美術性が肯定される場合,以下のように著作物性が認められている。

「本件人形『赤とんぼ』は同一題名の童謡から受けるイメージを造形物として表現したものであつて,検甲一号証によればその姿体,表情,着衣の絵柄,色彩から観察してこれに感情の創作的表現を認めることができ,美術工芸的価値としての美術性も備わつているものと考えられる。」「また美術的作品が,量産されて産業上利用されることを目的として製作され,現に量産されたということのみを理由としてその著作物性を否定すべきいわれはない。さらに,本件人形が一方で意匠法の保護の対象として意匠登録が可能であるからといつても,もともと意匠と美術的著作物の限界は微妙な問題であつて,両者の重量的存在を認め得ると解すべきであるから,意匠登録の可能性をもつて著作権法の保護の対象から除外すべき理由とすることもできない。従つて,本件人形は著作権法にいう美術工芸品として保護されるべきである。」(赤とんぼ事件・長崎地佐世保支決昭48・2・7)
「本件彫刻は仏壇の装飾に関するものであるが,表現された紋様・形状は,仏教美術上の彫刻の一端を窺わせ,単なる仏壇の付加物ないしは慣行的な添物というものでなく,それ自体美的鑑賞の対象とするに値するのみならず,前判示の如く,彫刻に立体観・写実観をもたせるべく独自の技法を案出駆使し,精巧かつ端整に作品を完成し,誰がみても,仏教美術的色彩を背景とした,それ自体で美的鑑賞の対象たりうる彫刻であると観察することができるものであり,その対象・構成,着想等から,専ら美的表現を目的とする純枠美術と同じ高度の美的表象であると評価しうるから,本件彫刻は著作権法の保護の対象たる美術の著作物であるといわなければならない。」(仏壇彫刻事件・神戸地姫路支判昭54・7・9)
応用美術であっても,実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となるだけの美術性を有するに至っているため,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価される場合は,『美術の著作物』として,著作権法による保護の対象となる場合があるものと解するのが相当である。」「本件妖怪フィギュアに係る模型原型は,石燕の『画図百鬼夜行』を原画とするものと,そうでないもののいずれにおいても,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価されるものと認められるから,応用美術の著作物に該当するというのが相当である。」(フィギュア事件・大阪高判平17・7・28)
「現行著作権法は,その制定の経緯に照らせば,帯の図柄のような実用品の模様として利用されることを目的とする美的創作物については,原則としてその保護を意匠法等工業所有権制度に委ね,ただそれが同時に純粋美術としての性質をも有するものであるときに限り,美術の著作物として著作権法により保護すべきものとしているものと解されるが,ここにいわゆる純粋美術としての性質を有するか否かの判定にあたっては,主観的に制作者の意図として専ら美の表現のみを目的として制作されたものであるか否かの観点からではなく,対象物を客観的にみてそれが実用性の面を離れ一つの完結した美術作品として美的鑑賞の対象となりうるものであるか否かの観点から判定すべきものと考えられるところ(けだし,さもなければ,実用性と芸術性とは必ずしも相矛盾するものとは思われないのに,実用品に応用することを目的として制作された美的創作物は,美術工芸品を除き,すべて美術の著作物ではないことになって,相当ではないからである。),右認定事実からすれば,本件図柄甲は,帯の図柄としてはそれなりの独創性を有するものとはいえるけれども,帯の図柄としての実用性の面を離れてもなお一つの完結した美術作品として美的鑑賞の対象となりうるほどのものとは認め難い。」「よって,本件図柄甲は美術の著作物とはいえない」(佐賀錦袋帯事件・京都地判平元・6・15)
「著作権法2条1項1号の上記定義規定からすれば,実用目的の応用美術であっても,実用目的に必要な構成と分離して,美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては,上記2条1項1号に含まれることが明らかな「思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作物」と客観的に同一なものとみることができるのであるから,当該部分を上記2条1項1号の美術の著作物として保護すべきであると解すべきである。他方,実用目的の応用美術であっても,実用目的に必要な構成と分離して,美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができないものについては,上記2条1項1号に含まれる「思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作物」と客観的に同一なものとみることはできないのであるから,これは同号における著作物として保護されないと解すべきである。」(ファッションショー事件・知財高判平26・8・28)
「ある表現物が「著作物」として著作権法上の保護を受けるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることを要し(同法2条1項1号),「創作的に表現したもの」といえるためには,当該表現が,厳密な意味で独創性を有することまでは要しないものの,作成者の何らかの個性が発揮されたものでなければならない。表現が平凡かつありふれたものである場合,当該表現は,作成者の個性が発揮されたものとはいえず,「創作的」な表現ということはできない。」「応用美術は,装身具等実用品自体であるもの,家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの,染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものなど様々であり(甲90,甲91,甲93,甲94),表現態様も多様であるから,応用美術に一律に適用すべきものとして,高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず,個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。」「 控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴は,①「左右一対の部材A」の2本脚であり,かつ,「部材Aの内側」に形成された「溝に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)」の両方を「はめ込んで固定し」ている点,②「部材A」が,「部材B」前方の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接している点及び両部材が約66度の鋭い角度を成している点において,作成者である控訴人○○○の個性が発揮されており,「創作的」な表現というべきである。」「したがって,控訴人製品は,前記の点において著作物性が認められ,「美術の著作物」に該当する。」(TRIPP TRAPP事件・知財高判平27・4・24)

 このTRIPP TRAPP事件判決は,「美術・・・の範囲に属する」をどのような考えているのだろうか。少々疑問を覚えなくはない。

建築の著作物(5号)

 特定の建築物が著作物と言えるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」であって「美術の範囲に属する」必要がある。この定義にあたらない建築物は,著作物と言えない。
 およそ建築物には建築家の「思想又は感情」が「創作的に表現」されていると言える。したがって,「美術の範囲に属する」と言えるかどうかという応用美術と同じような見方での検討が必要になる。

「『建築の著作物』とは(現に存在する建築物又は)設計図に表現されている観念的な建物自体をいうのであり,そしてそれは単に建築物であるばかりでなく,いわゆる建築芸術と見られるものでなければならない。」(シノブ設計事件・福島地決平3・4・9)
「一般住宅が同法10条1項5号の『建築の著作物』であるということができるのは,客観的,外形的に見て,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。」(積水ハウス事件・大阪高判平16・9・29)

 なお,庭園が建物と一体として建築の著作権にあたるとした裁判例がある。

「ノグチ・ルームを含めた本件建物全体が一体としての著作物であり,また,庭園は本件建物と一体となるものとして設計され,本件建物と有機的に一体となっているものと評価することができる。したがって,ノグチ・ルームを含めた本件建物全体と庭園は一体として,一個の建築の著作物を構成するものと認めるのが相当である。」(ノグチ・ルーム事件・東京地決平16・6・11)

写真の著作物(8号)

 写真に撮影者の個性が現れている場合は,写真の著作物に該当する。

「これを写真についてみると,単なるカメラの機械的な作用のみに依存することなく,被写体の選定,写真の構図,光量の調整等に工夫を凝らし,撮影者の個性が写真に現れている場合には,写真の著作物(同法一〇条一項八号)として著作権法上の保護の対象になるものというべきである。」(三光商事事件・大阪地判平7・3・28)

 撮影者の個性が現れているなら,その腕前が問われることはない。

「本件写真①ないし⑥は,控訴人が,我国古代史の研究ないし解明に役立つと考えて,被写体を選定し,その撮影方法についても工夫を凝らして,古代史学に関する資料を他にさきがけて明確にしておく目的で撮影したものであり,控訴人の著作物として保護されるべきものであることは疑いを容れないところであって,控訴人がいわゆる学者や職業的写真家ではなく,写真に関しては素人であることは右判断の妨げとなるものではない。」(石垣写真事件・仙台高判平9・1・30)
「写真を撮影する場合には,家族の写真であっても,被写体の構図やシャッターチャンスの捉え方において撮影者の創作性を認めることができ,著作物性を有するものというべきである。」「本件写真は,父子の姿を捉えたその構図やシャッターチャンスにおいて,創作性が認められ,その著作物性を肯定することができ」(東京アウトサイダーズ事件・東京地判平18・12・21)

撮影者の個性について,撮影や現像過程での創作性が考慮されるのは当然であるが,被写体の選択についても考慮すべきとされる。

「被写体の決定自体について,すなわち,撮影の対象物の選択,組合せ,配置等において創作的な表現がなされ,それに著作権法上の保護に値する独自性が与えられることは,十分あり得ることであり,その場合には,被写体の決定自体における,創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも考慮しなければならないことは,当然である。写真著作物における創作性は,最終的に当該写真として示されているものが何を有するかによって判断されるべきものであり,これを決めるのは,被写体とこれを撮影するに当たっての撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等における工夫の双方であり,その一方ではないことは,論ずるまでもないことだからである。」(すいか事件・東京高判平13・6・21)

 ただし,証明写真のように撮影者による創作的な表現がない場合は,著作物性が否定されることがある。

「本件写真(一)及び(二)のように原作品がどのようなものかを紹介するための写真において,撮影対象が平面的な作品である場合には,正面から撮影する以外に撮影位置を選択する余地がない上,右認定のような技術的な配慮も,原画をできるだけ忠実に再現するためにされるものであって,独自に何かを付け加えるというものではないから,そのような写真は,「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法二条一項一号)ということはできない。」(版画芸術写真事件・東京地判平10・11・30)

映画の著作物(7号)

 映画の著作権は,基本的には劇場映画を想定している。
 しかし,劇場用映画以外でも,「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物」,映画の著作物に含まれるとされている(法第2条第3項)。
 「映画の効果に類似する」については,音声を伴うことは不要と考えられている。

「映画の著作物の表現方法の要件としては,『影像が動きをもつて見えるという効果を生じさせること』が必須であり,これに音声を伴つても伴わなくてもよいということになる。」(パックマン事件・東京地判昭59・9・28)

 また,映画の著作物は,物に固定されていることが必要である。

「映画の著作物は「物に固定されていること」が必要である。」「『物』は限定されていないから,映画のように映画フィルムに固定されていても,ビデオソフトのように磁気テープ等に固定されていてもよく,更に,他の物に固定されていてもよいと解される。」「また,固定の仕方も限定されていないから,映画フィルム上に連続する可視的な写真として固定されていても,ビデオテープ等の上に影像を生ずる電気的な信号を発生できる形で磁気的に固定されていてもよく,更に,他の方法で固定されていてもよいと解される。」(パックマン事件・東京地判昭59・9・28)

 ゲームソフトは,プレイヤーの操作で進行が変わるので,「物に固定されている」と言えるのかという疑問が生じる。
 これについては,プレイヤーの操作も織り込んで表現されたものであり,映画の著作物にあたると考えられている。

本件各ゲームソフトは,アニメーション映画におけるのと同様,ショットの構成やタイミング,カメラワークを含む作品成立にかかわるすべての表現要素をまとめた編集行為が絵コンテ段階で行われ,プレイヤーの操作・選択による変化をも織り込んで,著作者の意図を創作的に表現する編集行為が存在しているのであり,プレイヤーによる操作を前提としつつ,これを想定した上で著作者がいかに見せるかという観点から視聴覚的効果を創作的に表現しているというべきであって,前記引用にかかる原判決記載のとおり,本件各ゲームソフトは,映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的方法で表現され,かつ,創作性があって著作物性を有し,右表現がプログラム化されてCDーROMに収録されて固定されているから,映画の著作物に該当するというべきである。(中古ゲームソフト事件・大阪高判平13・3・29)

 ただし,静止画を多用したものなどは,映画の効果に類似しないとして映画の著作物でないとされることがある。

「影像も連続的なリアルな動きを持っているものではなく,静止画像が圧倒的に多い。本件ゲームで動画画像が用いられているのは,軍事戦争場面など一部にとどまり,軍事戦争における戦闘シーン,一騎討ちシーンなどの個々の影像も,右のようにフロッピーディスクに収容できる程度のデータ内容及びプログラムで動作させるため,定型データを利用するものとなっていて,同じ内容の定型的な画像及び効果音がたびたび現れるものにとどまっている(以上,乙二六及び弁論の全趣旨)。そして,本件ゲームにおいては,ユーザーがシミュレーションにより思考を練っている間は,静止画の画面構成の前で思考に専念できるよう配慮されているものというべきである。」「以上の事実関係からみれば,本件ゲームは,映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現されているものとは認められず,本件著作物が,映画ないしこれに類する著作物に該当するということはできない。」(三国志Ⅲ事件・東京高判平11・3・18)

プログラムの著作物(9号)

 「プログラム」については,「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう」と定義されている(法第2条第1項第10号の2)。
 プログラムの著作物として保護されるのは表現に対してだけであり,「その著作物を作成するために用いるプログラム言語、規約及び解法に及」ぶことはない(法第10条第3項)。

「所定のプログラム言語,規約及び解法に制約されつつ,コンピュータに対する指令をどのように表現するか,その指令の表現をどのように組み合わせ,どのような表現順序とするかなどといったところに,法によって保護されるべき作成者の個性が表れることとなる。したがって,プログラムに著作物性があるといえるためには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅が十分にあり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性が表れているものであることを要するものであって,プログラムの表現に選択の余地がないか,あるいは,選択の幅が著しく狭い場合には,作成者の個性の表れる余地もなくなり,著作物性を有しないことになる。」「プログラムの指令の手順自体は,アイデアにすぎないし,プログラムにおけるアルゴリズムは,「解法」に当たり,いずれもプログラムの著作権の対象として保護されるものではない。」(宇宙開発事業団プログラム事件・知財高判平18・12・26)
「プログラムの著作物は,プログラムの創作性ある「表現」について著作権法上の保護が及び,「表現」されたものの背後にある原理,アイデア等についてはその保護が及ぶものではないと解される。」「原告は,原告ソフトと被告ソフトとが類似することの根拠として,①条件値のチェック方法,②仕様書(金抜き設計書)の出力禁止情報の制御方法,③既定値の表記及び処理内容を指摘するが,既定値の表記に関する主張事項を除けば,いずれもプログラムの表現上の類似点ではなく,アイデアに属する部分の類似点であるというべきである。(設計積算システム事件・大阪地判平14・4・23)

 プログラムの著作物の創作性は,表現の選択の幅によって左右される。選択の幅が小さければ,創作性は認められにくい。

「IBFファイルの表現は,大部分がMENU・EXEファイル及び組込み対象のアプリケーションプログラム等いかんによって規定されており,選択の余地がないものであり,また,選択の余地があるものも,選択の幅は極めて小さく,その選択によってその表現に創作性が生じるものとは認められず,更に,IBFファイルの表現を全体的に考察しても,その表現に創作性があるとは認めることはできない。」(IBFファイル事件・東京地決平3・2・27)
「一般にコンピュータプログラムについては,一定の目的に達するための解決手段は唯一ではなく,さまざまな解決手段の選択が可能である。本件のように本件パソコンに搭載するためのベーシックインタープリタを作製する目的においても同様であって,前に詳細に検討したとおり,作製にあたっては,目的達成のため種々の問題を細分化して分析し,それぞれについて解法を発見し,右発見された解法に従って,アッセンブリ言語によって,命令及びその他の情報の組合せを記述して,プログラムを完成させたのであって,そのすべての過程は,一定のものではなく,作製者の個性や思想を反映させることによって異なるのみならず,むしろ,その個別性に価値を見出すことができるものである。この点は,ゲームのプログラムやアプリケーションプログラムであっても,本件のようなオペレーティングシステムであっても少しも変わるところはない。」「したがって,本件著作物が,著作権法上の保護の対象にならないとする被告の主張は理由がないことになる。」(ベーシックインタープリタ事件・東京地判昭62・1・30)